一過性脳虚血発作や軽症脳卒中は、患者にとって明らかな異常体験として自覚されますが、一過性で終わり症状も多様であることから「脳卒中かも?」(=急性脳血管症候群、ACVS?)との思いに至らず、直ちに緊急受診行動をとる市民は少ないのが現状です。3万人の市民を対象に行ったアンケート調査で、TIA発症時にとる行動として最も多かったのは、まず「かかりつけ医を受診する」(41.8%)でした(Akiyama H, J Stroke Cerebrovasc Dis 2013;Akiyama H, Intern Med 2013)。
TIA/minor strokeは、眼科、耳鼻科、整形外科、かかりつけ医、薬剤師、介護福祉士等、専門性や職種を問わず、ほぼすべての医療関係職種がFirst touchし得る救急疾患です。脳卒中治療ガイドライン2021によれば「TIAを疑えば、可及的速やかに発症機序を評価し、脳梗塞発症予防のための治療を直ちに開始しなければならない(推奨度A, エビデンスレベル 高)」と記載されています。初療医はどのようにTIAを疑い、「可及的速やかに」、「直ちに」とは、どのようなスピード感で検査・治療を行うべきなのでしょうか。
2018年に成立したいわゆる脳卒中循環器病対策基本法(脳循法)に基づいて作成された対策推進基本計画(2020.10)には、かかりつけ医等においても脳卒中患者を診察する可能性があることから、これらの医療従事者も脳卒中に関する共通認識を持つ必要があり、かかりつけ医等の日常の診療における脳卒中診療に関するツールの活用等、かかりつけ医等と専門的医療を行う施設の医療従事者との連携が適切に行われるよう取組を進めるとする趣旨の記載が行われています。
ここではACVSに対する実践的対処法を、最近の研究成果を踏まえてお示ししたいと思います。
Step 1 突然発症した神経機能障害は広くACVSを疑う
ACVSはSudden onsetが特徴
脳卒中は、脳の血管が詰まったり(脳梗塞)、破れたり(脳出血、くも膜下出血)して起こる病気ですから、神経機能障害が突発すること(sudden onset)が重要な診断根拠になります。数分から数十分で症状が最強になるAcute onsetとは異なり、ある一瞬を境に神経機能障害が生じますので、「何をしている時その症状は起こりましたか?」と聞けば、「○○までは何ともなかったのですが、△△をしようとしていた時、急に…」の様に、多くは発症時刻まで述べることができるはずです。
・ sudden onset ある一瞬を境に症状出現
・ acute onset 数分から数十分の間に症状が最強となる
・ gradual onset 数十分から数時間かけて症状が最強となる
睡眠中に脳卒中が発症し、起床時に神経障害の発症に気づく方(wake-up stroke)もありますので、その場合には「昨晩寝る時まではお元気だったのですね」と、最終未発症時刻を確認しましょう。認知症等のためにご自分で訴えを述べることができない方の場合は、家人への問診で突発発症を確認します。
訴えは神経機能障害である
脳卒中は、脳の血管が詰まったり(脳梗塞)、破れたり(脳出血、くも膜下出血)して起こる病気ですから、生ずるのは神経系の破壊的病変あるいは一過性の機能不全による神経機能損失(陰性徴候)の症状であるはずで、痙攣や不随意運動、幻視等、神経の刺激性症状(陽性徴候)ではないのが特徴です。かつてのTIA診断は、局所神経症状(血管症候群)の病歴に基づいて行い、めまいや構音障害単独の発作はTIAとしないと教科書には記載されてきましたが、広く神経機能障害の病歴が確認できればACVSと考えてトリアージすべきと考えられます。
□ 突然発症 | 異常体験の「突発」に注目した問診。通常患者は、「何月何日何時ごろ」あるいは「○○をしていた時に」等、明確に述べることができる。 |
□ 神経機能障害 | 症状は、麻痺や感覚障害、歩けない、視野の一部が見えないなど、神経機能の障害(陰性症状)であり、手足が勝手に動く、感覚過敏、幻覚が見える等の陽性症状ではない |
*鑑別ができない場合や患者が症状を明確に陳述できない場合であっても、ACVSではないと否定し去るよりもACVS疑いとして対応する方が適切です。
日ごろから一般市民に、脳卒中?「顔・腕・言葉」ですぐ受診(英語が覚えやすければACT-FAST)と覚えていただき、発症時に顔面神経麻痺(Face:顔)、バレーサイン(Arm:腕)、失語・構音障害評価(Speech:言葉)の3つの神経診察を評価できる様、繰り返し啓発活動を行っておくことが、発症時の症状を確認する上で役立ちます。
市民の民様へ 身体片側の麻痺や感覚障害、言語の障害等の神経機能障害が突発した場合、脳卒中の可能性があります。「その発作、脳卒中かも?」と思ったら、顔・腕・言葉の3つをチェックして1つでも異常があれば救急車を呼ぶなど、緊急受診行動をとってください。 |
旧来のTIA診断は厳密な局所神経症候(血管症候群)の病歴を有する者に限定されてきましたが、なぜ今日上記のように幅広い患者をACVSとしてトリアージする必要があるかについては「TIA/minor Stroke疑い例に広くMRIを含む精査を行うべき根拠」の項をご参照ください。
Step 2 残存神経障害の有無を確認する。BE-FAST
一般市民から相談を受けて初療に当たる医療関係者は、BE-FASTと覚えて、顔(facial palsy)、腕(Barre sign)、言葉(dysarthria, aphasia)の神経診察に加えて、平衡機能(Ballance)と目(Eye)に関する神経診察を行いましょう。これは、non-focalな症状を含んで広くACVSがトリアージされますと、従来のFASTだけでは椎骨脳底動脈系の症状を見落とす可能性があるためです。2017年にGoldstein、LBらが提唱したものでBは、歩行させてふらつきが無いか、下肢脱力がないか、Eは視覚障害がないか、複視がないかについて神経診察を行うものです。一般市民がBE-FASTと覚えて発症時のACVSを評価すべきかについては臨床試験により立証されていないため、市民向けにはFASTを推奨しますが、専門医の初期評価における有用性は示唆されていますので(Chen X et al. 2021;Ammar EF. et al.2020)、BとEを加えたBE-FASTの神経診察を行って残存神経障害の有無を評価しましょう。
どんなに軽くとも診察時点で神経機能障害が残存していると判断される場合には、脳卒中と判断して救急搬送の手配をとってください。
初療段階で患者が訴える「突発した神経機能障害」の残存が全くない場合は、「脳卒中の前触れ発作(TIA/minor Stroke)」として、患者のリスク評価に移ります。
Step 3 一過性の発作では、高リスクの指標の有無を確認する(ABCD2スコアによるリスク層別化は行わない)。
経験的に脳卒中の以降リスクが高いことが知られている、以下の高リスクカテゴリーの有無を確認しましょう。一つでも当てはまれば、脳卒中センター等脳卒中の専門施設に可及的速やかに紹介しましょう。
発症から1週間以内で以下のいずれかに該当するもの □ 発症後間もない(発症48時間以内) □ 1週間に2回以上同様の発作があった(Crescendo) □ 心房細動がある □ 明確な局所神経症状を呈した者 □ 頸動脈高度狭窄等既知の脳血管病変に一致する症状 |
*緊急受診させる際には「自分で運転して受診しない様」指示
*ABCD2スコア等のリスク層別化ツールは用いない(低リスクを理由に診断・治療を遅らせたり安全性を担保できる判別能がない)高リスクの指標
かつてTIAのリスク評価にABCD2スコアの利用が勧められてきましたが、今日ABCD2のみならずABCD3、ABCD2-I,ABCD3-Iを含め、リスク判別力が低いことが明らかとなっており、ABCD2スコアを積極的に取り入れてきた英国でも2019年のガイドラインから、これらのスコアで低リスクであることを理由に診断治療を遅らせることは有害で、使用すべきではないとの記載に変更しています。
病院選定(専門医療施設との連携)
地域の医療資源を確認しておきましょう。ACVS疑い例を診療できる外来は、脳神経の専門医が開設しているクリニック(無床診療所)、入院設備のある脳卒中診療実績のある病院、24時間365日tPA静注に対応できる日本脳卒中学会認定の一次脳卒中センター(primary stroke center, PSC)、24時間365日tPA静注と血管内治療の両者に対応できる一次脳卒中センターのコア施設(2022年度から日本脳卒中学会が認定、公表)などがあります。ご自身の近隣にどのような患者紹介先があるかまず確認しておきましょう。
ACVSに対応できる地域の医療資源
a. 最寄りの脳神経の専門医が診療するクリニック(画像診断装置なし)
b. 最寄りの脳神経の専門医が診療するクリニック(画像診断装置あり)
c. 最寄りのPSC、PSCのコア施設
発症から1週間以上たち、ACVSか否かも明確には言い難い症例の一般的なコンサルトはaでもよいと思われます。拡散強調MRI(DWI)による脳梗塞急性期病巣の検出は、発症7日以上をすぎると低くなりますので、拡散強調MRIはできる限り7日以内に行うべきと思われます。発症7日以内のACVSは、疑い例も含めbまたはc、特に高リスクカテゴリーの症例ではcの脳卒中センターなどへの紹介が適切と思われます。
TIA/minor strokeは脳卒中の前触れ発作です。Prompt, same-day managementが3か月後の脳卒中リスクを低減させるうえで重要です。TIA/minor stroke (ACVS)を疑ったら、可及的速やかな専門医への紹介が必要です。 |
紹介時の注意点
*喫煙は直ちにやめさせる
*どんなに軽くとも、自ら車を運転して受診することのない様指導する
*画像診断施行なしに抗血栓薬の投与は行わない(離島、へき地などで画像診断まで24時間以上を要し、抗血栓薬投与による危険性より脳卒中発症の危険性が上回る場合には、抗血小板薬単剤の投与も可と思われます)。
ACVSのトリアージは、まさに地域の医療資源を最大限利用して行う総力戦 COMmunity-BAsed Triage (COMBATーACVS)といえるのではないでしょうか。
ACVS疑い例の紹介を受けた専門医の対応
評価
初回画像診断はCTより情報量の多いMRI(multimodal)がよいと思われますが、いずれを用いるかは専門医の裁量によります。日本と同程度のMRI台数を有する米国でも2日以内にMRIが施行される率は4割といわれています。少なくともCTで出血が否定できれば抗血小板薬の使用は可能で、MRI(DWI)は虚血病巣の感度が高い7日以内に施行すべきと思われます。また初回DWIで異常がなくとも再検査をすることが望まれます。
少なくとも、脳血管評価(閉塞の有無)と塞栓源検索は必要で、自施設でできない場合は可及的速やかにこれらの評価が可能な施設と連携する必要があります。
返書
「ACVSを疑いますので精査加療お願いします」と紹介された画像診断を有する専門医が、MRI、MRAを行って何ら有意な病巣を認めない場合、「MRI等を行いましたが急性梗塞の所見や血管閉塞の所見はありませんでした」として紹介医に戻すのは適切ではありません。
TIAの定義は、「局所脳または網膜の虚血による神経機能障害の一過性のエピソードであり、急性梗塞を呈さないもの。」ですから、新定義に基づくTIA診療は「梗塞がないこと」から始まります。すなわち患者が訴えた一過性の異常体験が局所脳虚血を原因とするか否かの答えが必要です。少なくともTIAか否か、抗血栓療法の必要性に関する判断まで示す必要があります。
抗血栓療法の用い方
日本脳卒中学会の脳卒中治療ガイドライン2021では、TIA急性期・慢性期の章において「TIAの急性期(発症48時間以内)の再発防止には、アスピリン160~300mg/日の投与が進められる(推奨度A エビデンスレベル高)。ABCD2スコア4点以上の高リスクTIA例では、急性期に限定した抗血小板薬2剤併用療法(アスピリンとクロピドグレル)が妥当である(推奨度B エビデンスレベル高)。急性期以降のTIAに対する治療は、脳梗塞の再発予防に準じて行うことが勧められる(推奨度A エビデンスレベル中)」と記載されています。
Noncardioembolic TIAの抗血小板療法
この推奨のとおりの治療をTIA(画像上梗塞巣がないもの)に実践しようとすると、発症48時間以内は負荷用量で始めるアスピリン単独か、ABCD2スコア4点以上のTIAでは2剤併用(DAPT)を行わねばならないことになります。しかしDAPT推奨の根拠となっているCHANCEやPOINT研究の対象は、TIA と minor ischemic stroke であり、心房細動や機械弁などに由来する明確な抗凝固療法の適応例や血栓内膜剥離術適応例などは除外されていますので、この推奨はnoncardioembolic TIAに対する推奨と考えるべきと思われます。
Cardioembolic TIAに対する抗凝固療法
もし虚血の原因が脳塞栓症であり、再発防止に抗凝固療法が必須と考えられる場合、直ちに抗凝固療法を開始してもよいでしょうか?新定義におけるTIA(神経機能障害は一過性で、梗塞の所見がない)で非弁膜症性心房細動があれば我々は躊躇なくDirect oral anticoagulant (DOAC)を開始していますが、「TIAにいつから抗凝固は可能か」というClinical Questionにこたえ得る無作為化試験はありません。しかし実臨床に当たる医師の視点からは、カナダのガイドラインの様に「エビデンスはまだ不十分ではあるが、画像上出血も梗塞もないTIAであれば、抗凝固療法はTIA後24時間以内に開始し得る(may be started)」と踏み込んだ推奨がほしいところです。無作為化試験ではありませんが、脳塞栓症に対する抗凝固療法開始時期に言及した欧州の1-3-6-12ルールでも、日本の1-2-3-4Dayルールでも、TIAはDay 1から開始してもよいとの意見で一致していると理解されます。
アミロイド血管症のTFNEに要注意
TIA/minor strokeにできる限りMRIを行うべき理由として、抗血栓療法が脳出血を助長する可能性のある脳病変を検出する上でT2*強調像やSWI(susceptibility-weighted imaging)が有用です。近年人口の高齢化により脳アミロイド血管症(Cerebral Amyloid Angiopathy, CAA)に遭遇する機会が増えています。T2*強調像やSWIでは、Cortical Microbleeds(CMBs)やcortical superficial siderosis (cSS)として描出でき、特に後者で脳出血の危険が高いとされています。CAAではamyloid spellsと呼ばれる一過性局所神経症状(TFNEs)を呈しTIAと誤診される場合があります。最近の42研究248例のメタ解析で臨床的にTIAが疑われ初期診断にMRIを用いなかったものに抗血栓薬の投与が多く見られ、誤って抗血栓薬が投与されると有意に脳出血を発症しやすいことが明らかになっています。
超急性期~急性期治療のエビデンス集積にはAICSの共通言語を
超急性期からの治療指針を作成する時、現状のTIA、脳梗塞の新定義だけでも十分ではありません。わたくしたちは2011年から神奈川県においてCOMBAT-TIA研究を行い、超急性期~急性期の診断の確からしさの共通言語としてAcute ischemic cerebraovascular syndrome (AICS)分類を用いました。診断精度を明確にすることにより入院の可否等に関する初療医と専門医の共通認識の醸成も可能となると思われます。
最近TIA、脳卒中診療の第一人者であるJ.Donald Easton博士と S. Calibone Johnston博士は連名でJAMA誌に”Time to retire the concept of transient ischemic attack”と題する論評を寄せ、TIAの用語には退場いただきAICSの用語で再定義を行って虚血性脳血管障害の医療を進化させるべきと述べています。
ACVSのカルテ記載、連携情報
初療医と専門医の連携において押さえておきたいACVS関連項目を列記します。地域で紹介フォームを作成する際等にお役立てください。
発症日 発症時刻 血圧(来院時) 症状は以下のうちどれか 言語の障害:構音障害、失語 視覚の障害:半盲(右左)、複視、一側眼の黒内障 平衡機能異常 運動麻痺 顔(右左)上肢(右左)下肢(右左) 感覚障害 顔(右左)上肢(右左)下肢(右左) その他 症状持続時間 時間 分 リスク因子(既往歴・生活歴) 高血圧 糖尿病 脂質異常症 心房細動 CKD 脳卒中/TIAの既往 頸動脈病変 冠動脈疾患 下肢静脈血栓 過凝固状態 睡眠時無呼吸症候群 片頭痛 喫煙 肥満 大量飲酒 発症前に抗血小板薬を服用中であったか はい いいえ 発症前に抗凝固薬を服用中であった はい いいえ 現在の処方内容 主な施行済み検査 12誘導心電図 単純CT、CTA、頸動脈エコー、MRI、Holter心電図、心エコー 血液検査(CBC、creatinine、血統、BUN、凝固系、HbA1c、脂質、血糖施行済み |