救急外来の誤診、第一位は脳卒中

救急外来の誤診:Systemetic Review by AHRQ, 2022

 長年医療安全に関する様々なデータを提供している米国AHRQ(the Agency for Healthcare Research and Quality、米国医療の研究と質機構)は、2022年救急外来の誤診に関するシステマティックレビューを行い、救急外来での誤診率は約5.7% (18人に1人)程度であるが、2%は誤診による有害事象を呈し、その一部は重篤(寝たきりまたは死亡)である(0.3%、350例中1人)と報告し、このことはCNNニュースでも「米国の救急救命室では、毎年700万件以上の誤診が起こっている。政府報告書(AHRQ report)により明らかに」というセンセーショナルな報道も行われました。
 我が国でも公的機関が、がけ崩れや水害などで被害を被りやすい場所をハザードマップとして公表されますが、こと医療、福祉の分野のnegativeな実態を公表することはほぼありません。AHRQの報告では、誤診の実態を明らかにした上で、「これらの誤診のすべてをなくすことは困難と思われるが、疾患、症状、病院によって誤診率に大きなばらつきがみられることから、ベッドサイドの診断プロセスを強化することが誤診を減らす方策となりうる」と考察しており、ハザードマップ同様、正確な現状認識を持つことは適切な対策を講ずる上で重要と思われます。
 この報告は、2000年1月から2021年9月までに報告された19,127論文の抄録をもとに、救命救急外来(ED)における誤診関連の原著1,455件を読み込んだ後、279研究を解析対象として抽出し解析したものです。報告では、救急外来で対応する多様な疾患について報告されていますが、ここでは、誤診の第1位とされた脳卒中を中心に報告内容を紹介します。

誤診の第1位は脳卒中、中でもTIA/minor stroke

 誤診のもたらす障害の大きさを考慮せず、誤診の数のみで見ると、骨折の見落としが第一位で、脳卒中、心筋梗塞、虫垂炎、静脈血栓塞栓症等の順になる。骨折は誤診報告の第一位にはなるが、誤診に起因する障害の度合いは低い。このため誤診により重度の障害を来しうる疾患の順位で見直すと第一位は脳卒中(13.5%)となり、以下心筋梗塞、大動脈瘤/解離、脊髄圧迫/損傷、静脈血栓側性の順となって、これら上位5疾患で、誤診関連重篤障害の原因の39%を占める。

図 重篤な障害に結びつく救急外来での誤診、疾患別頻度(AHRQ2022論文より作成)

最も高い脳卒中の誤診率(偽陰性率)の報告は、米国の救命救急部の報告(n=2303)で、初療時に非脳卒中であったものが退院時診断が脳卒中であった率は、40%(95%CI,38-42)であったとする報告(Chompoopong,2017)から、2%という低い報告までばらつきが大きかったとされています。
脳卒中のタイプ別に誤診率を見ると、報告全体の偽発見率(pooled false discovery rate)は 21% (95% CI 14 to 29)でしたが、脳卒中病型別に有意な heterogeneityが見られ、もっとも著明であったのは脳梗塞に比しTIAで擬陽性率が高かったこと (TIAは49%, 95% CI 33 ~ 64、脳梗塞は10%, 95%
CI 6 ~ 16) 、めまいふらつきの患者でも同様に偽陰性率、擬陽性率は他の疾患に比べて異常に高かったことであると述べています。

非特異的症状、症状が軽度、一過性または非典型的症状であることが誤診の大半

表 非典型的症状を呈する最も一般的な危険な状態

診断名非典型的症状
脳卒中頭痛、めまい/ふらつき、精神状態の変化/錯乱、歩行障害、嘔気/嘔吐
心筋梗塞失神/転倒、嘔気/嘔吐、疲労感/倦怠感/全身脱力感、精神状態の変化/錯乱、呼吸困難
大動脈瘤/解離発熱(大動脈炎)、無痛性解離、腹痛、失神、呼吸困難、背部痛
敗血症疲労感、精神状態の変化(高齢者)、発熱(小児)
出典)AHRQ Diagnostic Error, 2022
  • めまい/ふらつきを主症状とする脳卒中の誤診は、運動症状を呈する者の誤診に比べそのオッズは14倍である。
  • 若年であることは、脳卒中の誤診を6.7倍高める。

 脳卒中では偽陰性診断が多く(17%)、最も多いのはTIA。TIAでは擬陽性となる率も高い。典型的な片側の運動感覚障害では誤診は少ないが、めまいふらつきといった非典型的症状での見逃し(偽陰性)が多い。結果的に、後方循環系の脳卒中の見逃しが多く、これらの患者の脳卒中スケールによる重症度は低い。
 症状ではなく、40歳以下、血管リスクがないなど患者自体が非典型的」の場合も誤診につながりやすい。
 CTによる評価は、「脳梗塞は否定できた」という誤った安心を与え、誤診につながりやすい。軽症脳卒中が見逃されると不良な転帰となる率は4-5倍増加すると指摘しています。

どうすれば初療段階でTIA/minor strokeの見逃しを防げるか

補助診断の施行閾値をどこまで下げるかよりも、診断プロセスの標準化やチームワーク、PDCAサイクル導入等が重要

 例えば、初療医のためのTIA/minor strokeの実践的ガイドラインを作成しようとするとき、臨床診断における「偽陰性」の問題を強調する人は、「救急から依頼したすべての症例に即刻MRIが施行できるようにせよ」と論ずるでしょう。一方コスト重視の人は、「無駄な検査はやめよ」という意見を述べるでしょう。救急外来での誤診をなくす方策を考える上で、このような補助診断施行閾値だけで議論することは、両者はいずれも正論であることから、”trade-off”の問題となり、落としどころを探る議論に終始してしまい、不毛の議論になりがちです。

 このような”trade-off”の議論には、診療の質向上に寄与しうる2つの重要な因子の認識が欠落しています。すなわち、1)初療医の基本的診断技能の標準化(すべての初療医が適切な病歴聴取、神経診察を行っているわけではない。個人あるいは施設間の技量のばらつきを教育訓練によって向上させ全体の底上げを行う余地があるはず)、2)診断向上に寄与する仕組みの開発・導入(クリニカルパス、チームワークによる診断、専門医との連携、PDCAサイクルなど)の2点です。MRI等の医療資源やそのコストの許容度は国や地域によって様々であり動かしがたい点があります(ない袖は振れない)ので、これら2つの対策の余地について検討することが重要と思われます。
 「めまい/ふらつき」を訴える患者の初療において、全ての初療医が適正にHINTS、HINTS plusの評価ができるように診断技能の底上げを図ることは、初療医の基本的診断技能の標準化の一例といえます。また診断向上に寄与する仕組みの開発としては、めまい/ふらつきの評価に精通した医師による遠隔診療の導入を図る方法や、頭痛患者の診療におけるくも膜下出血見逃しを防ぐためにOttawa SAH ruleを導入する事、かかりつけ医によるTIA/minor strokeの初療に注目した神奈川県のACVS青ツールの適応等がこれに当たる方策と思われます。すなわちこれら2つの視点をもとに、症候別、疾患別に診断手順のモジュール化を図り標準化する、教育訓練を行いPDCAサイクルを回す仕組みを作ること等によって見逃し(偽陰性)を減らし、ひいてはコストも下げることができるものと考えられます。

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