なぜ今ACVS、AICSなのか

初療に当たる医療者に古典的TIAの疾患概念を強調する時代は終わった

TIAの初療は、病歴を根拠にその場で診断することではなく、画像診断を含む精査が可能な専門施設との後方連携を図ること

 一過性脳虚血発作(TIA)は「脳梗塞の前触れ発作」であり、一過性の「局所」神経症状(血管症候群)の病歴を聴取すれば臨床診断が可能であるので、直ちに抗血小板薬(アスピリン等)を投与して脳梗塞への移行を阻止すべき疾患であるという概念は、CTもMRIもなかった50年以上前に確立したものです。事実TIA(または軽症脳梗塞)を経験すると約10%前後の人が3か月以内に脳梗塞を発症し、その大半がTIA発作後48時間以内に生じることから、この疾患概念と病歴聴取の重要性等が成書に記載され、直ちに対応すべき緊急症として強調されてきたところです。
 しかし1995年頃から拡散強調MRIの臨床応用が拡がると、典型的な局所神経症状の有無にかかわらず拡散強調MRIで急性梗塞の所見が得られ「脳梗塞」と診断される例が経験されるようになり、めまいふらつきの病歴のみといった、局所神経症候の病歴がないことを根拠にTIA(または軽症脳梗塞)ではないと否定し去ることの危険性を多くの医師が経験することとなりました。また今日、CTもMRIもなかった時代のように画像診断なしの状態で直ちに抗血栓療法を開始することもありません。更に、TIA患者は必ずしも脳の専門医を受診するとは限らず、眼科、整形外科、地域で広く一般診療にあたるかかりつけ医、時にはかかりつけ薬局の薬剤師、介護士等がfirst touchし得る疾患ですから、初療にあたる医療者に「局所」神経症状(血管症候群)の病歴聴取の技量を持てと強調するよりも、どのようなときに、どのようなスピード感で画像診断を有する専門医との後方連携をとるべきかを示すべき時代となったと考えられます。

 今日一過性脳虚血発作(TIA)は、「局所脳または網膜の虚血による神経機能障害の一過性のエピソードであり、急性梗塞を呈さないもの。神経機能障害のエピソードは、長くとも24時間以内に消失すること。」と定義され、拡散強調MRI等で急性梗塞の所見があれば脳梗塞、なければTIAとするtissue-based definitionに移行しました。新定義の導入によって、①病歴上の症状がfocalかnonfocalかにかかわらず「神経機能障害の一過性のエピソード」があると確認でき、②それが「局所脳または網膜の虚血による」ものと推定あるいは確定でき、③画像診断で急性梗塞の所見がなければTIAと診断する流れとなっています。

 古典的TIAの疾患概念を温存させることの弊害は、①症候論のみに基づいてTIAではないと否定し去ることにより患者に不利益を与えかねないこと、②逆に症候論のみに基づいてTIAと診断する事により「TIAイコール抗血小板剤投与で完結する疾患」というステレオタイプで理解され、それ以上脳虚血の原因精査を行わなくなることが挙げられます。
 新定義への移行により、画像診断前の初療にあたる医療者が、TIA(またはTIA疑い)の臨床診断名を用いることは、その患者の脳に急性梗塞は生じていないと診断することを意味しますので、新定義の導入によって初療段階におけるTIAやTIA疑いの診断名の使用はもはや適切ではありません。このような矛盾を解決するために考えられたのが、Acute Cerebrovascular Syndrome (ACVS)Acute Ischemic Cerebrovascular Syndrome (AICS)の診断名で、冠動脈疾患をAcute Coronary syndrome (ACS)として救急医療を発展させたCardiologistの先例にも通ずるものと思われます。

 新定義への移行により、画像診断前のTIAの用語の使用は無くなったと考えて、かかりつけ医と専門医の連携の在り方を考える必要があります。直言すれば、初療の場面から古典的TIAの概念には退場いただき、歩いて受診する脳卒中疑い例の初療に当たる医療者と専門医との連携を構築する必要があるものと思われます。

 TIA退場!については、TIA、軽症脳梗塞の国際共同研究を行い、新定義にも深くかかわってきた J Donald Easton先生と S Claiborne Johnston先生らも2022年2月11日に”Time to Retire the Concept of Transient Ischemic Attack という論文(View point)をJAMA誌に寄せ、以前提案されていたAICS(acute ischemic cerebrovascular syndrome)の用語を取り入れてTIAの用語には退場いただき、AICSの用語でTIAを再定義すべきではないかとの意見を述べています。

Acute cerebrovascular syndrome (ACVS) by Albers GW, 2006

 ACVSの概念は、米国で脳梗塞、TIAの診断基準の議論が行われていたころに提唱された概念で、突発する vascular originの症状を呈するすべての患者に対する当座の診断名で、脳梗塞も脳出血も、非脳卒中も包含する(acute brain ischemia、acute brain hemorrhage、nonvascular diagnosis)umbrella termです。日本語にすれば「卒中疑い」とほぼ同義となります。現在のところ概念としては示されていますが、どのようなとき「急性脳血管症候群(ACVS)」と診断するか明確な定義は定められていません。

Acute Ischemic Cerebrovascular Syndrome (AICS) by Kidwell CS and Warach S, 2003

 日本は世界一のCT、MRIを有する国で、今日脳卒中疑い例には胸部レントゲン並みの敷居の低さで頭部CTを全国津々浦々で施行することが可能な国です。ACVS患者にCTを施行して脳出血が否定されれば急性虚血性脳血管症候群(Acute Ischemic Cerebrovascular Syndrome, AICS)と診断でき、診断精度に基づいてdefinite, probable, possibleと分類する方法が2003年にKidwellらにより提案されています。この方法は、2011年から神奈川県で行われたCOMBAT-TIA Studyでも取り入れ、私たちは日本の医療体制に即した初療の仕組みづくりに有用と考えています。

例)tPA静注はprobableあるいはDefinite AICSに行っていることになります。CT firstでtPA静注を行うとき、静注時点で梗塞の証拠はありませんが、私たちは脳梗塞超急性期患者への血栓溶解療法と呼んでいます。Tissue-based definitionでより厳密に記載するとすれば、probable AICSにtPA静注を行ったと表現することとなり、静注後のDWIで急性梗塞があれば脳梗塞の確定となります。

新定義に基づく初療医と専門医の連携のエビデンス COMBAT-TIA Study

AICSの診断法は、Kidwellの原著あるいは神奈川県脳神経科医会の赤ツールにも示されていますが、かかりつけ医の下に来院したACVS患者の後方連携の方針決定に役立ちます。

 COMBAT-TIA Studyは、2011年に神奈川脳神経科医会と日本脳卒中協会神奈川県支部の共同研究として開始された、Tisuue-based definitionに基づくregistry研究で、当時海外で議論されていた「TIAclinic」(TIA患者を早期に受け入れる外来)の意義も検討されました。日本はフリーアクセス、国民皆保険の画像診断大国という日本の医療環境において、神経学的障害の一過性のエピソードを呈した患者のAICS分類と初療を行った施設規模の関係は下図の通りでした。

mimicsは中小病院で多く見られ、フリーアクセスの日本では、20床以下のクリニックや中規模病院が歩いて受診するACVS例のmimics(非脳卒中)のフィルター役を果たしていることが明らかとなっています。また初療段階でのAICS分類とその後の脳梗塞発症(追跡期間1年)との関連では、DWIで何らかの虚血病巣があったdefiniteAICSが有意かつ早期に梗塞に移行していることが示されています。

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